まるまんがを書いていたいブログ

まるまんがが漫画でかけるか、ポエムか雑文か続けていこう。

少なくても、はてなブログさんの収益の貢献にはなれるのでしょうか。

誰も読んでいなくても、

自分が「まるまんが」を描きたいって、

気持ちだけを、書き続けているはてなブログ

 

「まるまんが」を漫画として、

コマ割りと吹き出しで描いてもいないのに、

恥ずかし気も無く、

マンガの場所に投稿している。

 

今日の「まるまんが」。

 

昔のメモからの抜粋。

「まるまんが」の「さんかく」から。

 

さんかくの

うえのちょうてん

とおすぎる

まるのはじめの

うまれたところ

 

はてなブログの記事の更新も、

自分にとっては、行動の一つ。

 

自分が一番好きな事は、

何なのかと考えてみる。

自分の昔の事を思い出してみよう。

自分の事はよく覚えていないけど、

母の事を思い出した。

 

自分はボーッとしていて、

子供の頃は、

母にちょっと足りない子と思われていた。

 

子供の頃の自分が、

そんなことに気がついていた訳ではない。

随分大きくなってから、

母に直接言われた。

 

そんな事を言ったというのも、

今の母は覚えていまい。

 

確かに自分は、

よく食べて、体だけが大きくて、

動きは鈍いし、

言葉の少ない子供だった。

 

母は、

元気に挨拶の出来て、

気が利く、いとこ達と自分を比べて、

見劣りしていたらしい。

 

さらに母は、母自身の事を、

子供の頃に、母自身の兄弟達と比べて、

損をしていると言っていた。

 

出かける時においていかれたとか、

母の兄や姉は、

こんないい事をしてもらっていると、

目端が利いて、よく覚えていた。

 

今になってみれば、

田舎の五人兄弟を育てている

農家の昔の生活で、

母の家族達は、

別に意地悪をしたくて暮らしていた訳でもなく、

ただ単に、貧しかったんだと思う。

 

自分が子供の頃の、母の実家でも、

薪のストーブを使っていた。

風呂も薪で焚いていた。

実家の農家の生活は、

普通の家事の労力が、

今よりずっと大変だった。

 

まあ、町の住宅地にあった、

自分の家も、

当時は薪で風呂を焚いていた。

町内に銭湯もあった。

ストーブは灯油だと思う。

 

父は五人兄弟の末っ子だけど、

父の両親、自分の祖父母と暮らしていた。

母は、自分が中学卒業する頃まで、

舅、姑と暮らし、両親と不仲の父との間で、

慣れない町暮らしをしていた。

 

田舎の農家にも手伝いに通い、

父の扶養の範囲でパートに出かけ、

三人産んで、二人の子供を育て、

酒飲みの父と一緒に暮らし、

家を建て、子供達はそれぞれ結婚し、

長男の嫁と暮らして、孫の顔も見た。

 

母は、自分は学が無いとよく言っていたけど、

生活力があり、気のいい人だった。

でも、あまり自分を大切にはできない人だった。

賢くないとは言いながら、

目端が利いて何にでも気がつくがために、

つい、不満が出てしまう人だった。

 

嫁が出かけていて一人の時に、

脳出血で倒れて、

今は、話もできず寝たきりでいる。

 

私は、母が好きだった。

母は、自分自身が好きでは無かった。

 

自分は、

母に母自身を好きになって欲しかった。

母には、幸せでいて欲しかった。

自分には、母を変える事は出来なかった。

 

自分の生活がいっぱいで、

母には甘えてばかりいた。

 

母に何もできないでいる自分を許すのに、

諦めとか、どうしようもないストレスとか、

別のエネルギーが必要になる。

 

そんな自分でも、

自分が好きでいられるように、

自分の好きな事、

やりたい事が出来るようになる為に、

 

今は、はてなブログの記事の更新を続けておく。

はてなブログの記事を書くのでも、

たとえ「まるまんが」を描けていなくても、

自分にとっての、ひとつの行動。

 

私は、愛と感謝で生かされています。

ありがとうございます。

 

この記事を読んでくれた方に、

素晴らしい事がいっぱいありますように。

ありがとうございました。

 

愛しています。